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札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)1330号 判決

原告 森永商事株式会社

右代表者代表取締役 松崎捷二

〈ほか四名〉

右原告等訴訟代理人弁護士 村部芳太郎

被告 留萌信用金庫

右代表者代表理事 小沢久吉

右訴訟代理人弁護士 水原清之

主文

一、訴外留萌菓子卸販売株式会社が被告との間で昭和四一年五月二〇日にした別紙第一目録記載の売掛代金債権の譲渡契約はこれを取り消す。

二、被告は原告等各自に対し金一、二九六、七七三円およびこれに対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告等は、いずれも菓子類の製造販売を業とする会社であり留萌菓子は、菓子類の卸売等を業とする会社であることは当事者間に争いがない。

二、(債権の存在)

≪証拠省略≫によると、請求原因(二)の1ないし4記載の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、昭和四一年五月二〇日当時およびその後現在まで引き続き留萌菓子に対し原告森永商事は為替手形金合計金一、一四三、八八四円、原告三葉製菓は為替手形金合計金一九五、三五八円、原告明治商事は為替手形金合計金五九六、三二八円、原告段上商店は為替手形金合計金四一八、八六二円、原告岡本製菓は為替手形金合計金二七六、七四〇円および小切手金一五二、〇〇〇円の各債権を有するものということができる。もっとも後記本件詐害行為の行われた昭和四〇年五月二〇日当時右各債権の一部は期限未到来であったが、このような債権についても詐害行為取消権を行使し得るこというまでもない。

三、(詐害行為)

(一)  留萌菓子が被告に対し昭和四一年五月二〇日本件売掛代金債権合計金一、二九六、七七三円を譲渡したことは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで右債権譲渡が被告主張のとおり期限の到来した債権の代物弁済としてなされたものかどうか、その原因について判断する。

1、まず、被告の留萌菓子に対する債権の存在およびその弁済期到来の有無について検討する。

(1) ≪証拠省略≫を総合すると、被告はかねて留萌菓子との間において、既に成立せる取引ならびに将来成立すべき取引等一切の取引につき留萌菓子においてその義務の一部でも履行しないときは、被告の請求次第期限の利益を失い直ちに債務の全部を弁済すべき旨の約定の下に手形貸付、手形割引その他の取引を行っていたが、昭和四一年五月一二日頃留萌菓子に対し期限未到来の債権として、手形貸付による金八、三〇〇、〇〇〇円、割引手形による将来の買戻請求権金四、八七三、八五二円の各債権を有していた。一方、被告は中金から委託を受けて、中小企業者に対する公庫資金の貸付および貸付金債権の管理、回収ならびにこれらに附帯する業務を取扱っており、中金の代理人として、昭和三九年五月二〇日留萌菓子に対し金四、〇〇〇、〇〇〇円を、同年六月一五日を第一回とし、以後毎月一五日に金一一〇、〇〇〇円宛割賦償還し、最終期限たる同四二年五月一五日に金一五〇、〇〇〇円を償還する旨の約定のもとに貸し渡したこと、右消費貸借契約において、留萌菓子は同契約に違反した場合で中小企業金融公庫から指示を受けたときは、その指示するところにしたがい、本借入金の償還期限にかかわらず直ちに本借入金債務およびその債務から生ずる一切の債務の全部または一部を弁済するものとする旨の特約がなされたこと、被告は、留萌菓子の委託により中金に対し貸付金の期限到来時において未償還金の八割に相当する額につき保証したこと、留萌菓子は昭和四〇年一二月七日に同年一一月分の償還をしたのを最後に残額二、〇二〇、〇〇〇円についての爾後の割賦償還を遅滞したので中金の代理人たる被告は同年五月一二日ころ留萌菓子に対し貸付金残金の返済を請求したことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。

以上認定の事実によると、留萌菓子は中金に対する借入金債務残額二、〇二〇、〇〇〇円につき、昭和四一年五月一二日ころ期限の利益を喪失してその支払い期限が到来し、同時に被告は留萌菓子の保証人として、中金に弁済すべきその八割に相当する金一、六一六、〇〇〇円につき留萌菓子に対し民法四六〇条二号による事前求償権を取得し、また中金の代理人としての被告の前記請求には同時に右被告自身の求償債権および爾余の前記、留萌菓子に対する各債権についても請求する趣旨を含むものと解せられるので、これにより右各債権の弁済期が到来したものというべきである。

2、次に、本件債権譲渡の趣旨・原因について考えるのに、≪証拠省略≫を綜合すると、留萌菓子と被告とにおいては、被告が留萌菓子に対し有する前期債権の回収方策として、昭和四一年五月二〇日当時留萌菓子がその販売先である小売店等に対して有していた売掛代金債権のうち回収の見込みがあるもののみを選り出し、その債権合計金二、六一八、五四二円を留萌菓子から被告に対し、譲渡後「三〇日を経過せるも該債務者よりその支払を受けられないとき又は異議あるものの部分については、その譲渡を解約し、該債権は……返還する」旨の約定のもとに譲渡し、次いで昭和四一年六月一九日および同月三〇日の二回にわたり右条項に該当する譲渡債権合計金一、三二一、七六九円が解約・返還されたことが認められ、又≪証拠省略≫によると被告は、右債権を譲り受けて後、前記返還の対象とならなかった債権の回収に着手し、回収の都度又は二、三月間の回収分をまとめて前記手形貸付および割引手形にもとづく各債権の弁済に逐次充当したことを認めることができる。

右事実によれば、本件売掛代金債権は、被告の債権回収を停止条件として、その回収高相当額をもって被告の留萌菓子に対する前記各債権の弁済に代える趣旨で譲渡されたものと解するのが相当であり、この認定を履えすに足りる証拠はない。

四、(債務者と被告との通謀)

(一)  ところで、本件債権譲渡のなされた当時における留萌菓子の経営状態および財産状況について調べてみるのに、

1、≪証拠省略≫を綜合すると、留萌菓子は、昭和三六、七年ころから資金繰りが苦しくなりはじめ、昭和三八、九年ころには高利貸から資金を借り入れるまでになり、昭和四〇年一一月には不渡手形を出すに至り、その後も営業は継続されたが、昭和四一年三月一〇日頃再度不渡手形を出すに及んで銀行取引停止処分を受けたこと、その処分は同月二四日以降に至って一旦解除されたが、留萌菓子はその後も同月二八日原告株式会社段上商店所持の金額一二五、九六〇円の為替手形(甲第四号証の二)を資金不足により不渡りにしたのをはじめ各原告所持の前記各為替手形および小切手を次々と不渡にし、その間同月三一日再度銀行取引停止処分をうけたこと、このような情勢は留萌菓子の昭和四〇年七月一日から同四一年四月三〇日まで一〇ヶ月間次のような経営概況、即ち、

収入     四、〇八九、五七八(円)

売上利益   三、三八九、七〇〇

その他      六九九、八七八

支出    一〇、二二五、八二七(円)

一般営業費  三、四九一、〇六八

支払利息   五、三九四、八〇二

その他    一、三三九、九五七

という如き、収入をもって支払利息をすらつぐない得ない状況のもとに推移したのであって、ここにおいて、同社代表取締役佐々木吉三郎は経営を建て直すべく、同四一年四月下旬頃被告本店に古川常務理事を訪ねて融資と共に専務取締役級の人事の推せんを依頼し、その結果、被告から整理担当者として古川常務理事の友人という瀬戸某の推せんを受けるとともに資産を処分をして債務整理するよう求められたが、同年五月二〇日ころからは営業も極度に衰微し、高利貸メーカー等による商品の差押、引き揚げ、などを受けるに至り、同月末ついに営業を停止するに至ったこと、本件債権譲渡契約は前記瀬戸某が同年五月初の頃から被告駅前支店二階の一室に留萌菓子の整理関係諸帳簿を持ち込み、同会社事務員と共に経理状態の調査に当り、その過程においてなされたものであること等の事実が認められる。

2、また、≪証拠省略≫によれば、昭和四一年六月一日開催の留萌菓子の債権者集会に提出された財産目録には、同年五月三〇日現在における留萌菓子の資産合計額として金一七、九四五、八七〇円、これに対して負債合計額として金四二、四〇九、一一五円が計上されていることが認められ、この財産状況は昭和四一年五月二〇日当時においても大差はないものと考えられるところこれによっても留萌菓子が当時著るしい債務超過にあったことは歴然たるものといわねばならない。しかも前記各証拠によれば、右財産目録に資産として計上されている同社所有の土地、建物は即ち別紙第二目録記載のそれであるところ、その合計価格は右財産目録の記載にも拘わらず少なくともその後の処分時価たる金四、五〇〇、〇〇〇円に相当すると認められるが、反面これらの土地、建物は、被告の元本極度額合計八、〇〇〇、〇〇〇円の二口の根抵当権を含め、中金ほか四社のために右価格を越える債権額について抵当権ないし根抵当権の目的になっており、同じく定期積立金、定期預金合計金四、三七六、六〇八円は被告の債権の担保として提供されており、また、同じく約三、一四〇、〇〇〇円の売掛金債権のほとんどは、いわゆる焦げつき債権で回収不能であり同じく、無尽積立金二、四三〇、〇〇〇円のほとんどはすでに落札ずみの分の掛金でありさらにその他の債権についても債務者からの相殺によって消滅するものが相当部分含まれている等のため、当時原告ら一般債権者の共同担保となりうべきめぼしい資産としては、処分価格にしてせいぜい一、〇〇〇、〇〇〇円前後と推認される什器備品・車輛と本件譲渡にかかる売掛代金債権くらいのみであったと認められる。

(二)  以上1、2で認定した事実によれば留萌菓子が被告に対してなした本件債権譲渡行為は原告ら債権者の一般担保を減少し、その利益を害するものであることは明らかであり、留萌菓子代表取締役佐々木吉三郎はこの事実を認識していたにとどまらず、被告と通謀し被告のみをして優先的に債権の満足を得せしめる意図のもとに本件債権譲渡契約をしたものと推認せざるをえない。≪証拠判断省略≫

(三)  なお被告は本件債権譲渡契約をなすに当ってこれが原告ら他の債権者を害することを知らなかったと主張するが、右に認定したところによって既に明らかなとおり、この主張は到底採用できない。

五、(本件売掛代金債権の譲渡が詐害行為を構成するとの判断)

以上認定の事実によると、本件売掛代金債権の譲渡は、被告が留萌菓子に対して有していた弁済期到来債権の代物弁済としてなされたものであり、かつ適正価格によるものではあるけれども、債務超過の状況にある債務者留萌菓子が債権者被告と通謀し、とくに被告のみをして優先的に債権の満足を得させる意図のもとになしたものであり、かつその譲渡にかかる債権は一般債権者の共同担保となりうべき資産のうちもっとも重要なものの大半であり、しかもその譲渡の態様たるや一応回収の見込みあるものを選り出してこれを網ら的に譲渡し、後日回収できなかったもの又は債務者から異議の出たものは右譲渡の際の特約により返還させるというものであるから、著しく一般債権者を害する行為というべく、民法四二四条の詐害行為を構成するものと解するのが相当である。

六、(債権の回収)

被告は、本件売掛代金債権合計金一、二九六、七七三円をおそくとも昭和四一年一一月三〇日までに回収したことは当時者間に争いがない。

七、(結論)

よって、本件売掛代金債権の譲渡行為を詐害行為としてその取消を求め、かつ被告に対しその取立回収した金一、二九六、七七三円とこれに対する取立回収の日の翌日である昭和四一年一二月一日から商事法定利率の年六分の割合による利息の支払を求める原告らの各請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤安弘 裁判官 金谷利広 下沢悦夫)

〈以下省略〉

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